「少尉、ここはいいから先に昼食を取ってきて構わないわよ」

毎度の如くデスクの上に書類の山を築いている大佐の横で、これまた飽きもせずお守りをしているホークアイ中尉がファイルを整理しながら俺に声を掛ける。

「‥は、いいんですか?」

またいらぬ仕事を増やされるだろうなと半ば諦め気味だったところにお許しが出て、俺は思わず間抜けな声を上げた。
そりゃあ今日の分は粗方片付いたけど…。

「連日貴方まで大佐に付き合わせる訳にはいかないもの。それに…」

事務的だった中尉の口調が、不意に和らぐ。彼女がそんな風に表情と言葉を和ませるのは、彼のことを口にする時だと自分は無意識に覚えていて。

「エドワード君が仮眠室で休んでいるみたいだから、寄ってあげて頂戴?」

‥ああ、そういえば。
こっちに来てからもう2、3日も経つのに、忙しくてまだ軽い挨拶くらいしかしていない。

「‥…都合が悪いかしら?」

微笑む中尉は、まるで母親のよう。
俺がいい加減焦れていたことも、エドワードが宿で休まずわざと仮眠室に入り浸っている訳も。
全てこの人はお見通しらしい。

「いえ、大丈夫です」

ガタガタと出しっぱなしになっていた書類とペンを乱暴に片付け、椅子を引いて立ち上がる。
ちらりと大佐の様子を横目で伺うと、うずたかい書類の陰から思い切り睨み付けられた。
…そんな目ぇしたって、エドワードは手に入りませんよ?大佐。
内心で舌を出し、咥えっぱなしだった煙草をデスクの端にある灰皿に押し付ける。

「じゃ、お先に休憩入りますね」
「ええ。エドワード君によろしく」

にっこりと笑顔を交わし合って、引き留められぬうちにと司令室を足早に退室した。
まずは、食堂で何か買ってくか。

ふらふらと歩きながら癖で胸ポケットに手を突っ込む。

「…あ」

そういや、煙草もジッポもデスクの引き出しの中だ。
一瞬戻ろうかと足を止めかけたが、ある事を思い出して今度は右側のポケットを漁る。
出てきたのは、可愛らしいフィルムに包まれたキャンディ。 一昨日外回りの仕事で迷子の女の子を世話した時に貰ったお礼の品。

「…ま、いっか」

包みをカサカサと鳴らして取り出したそれを、口の中に放り込む。

「‥、すっぱ…」

含んだそれは慣れないレモン味。
軽く眉を寄せつつも本来の目的を思い出し食堂へ足を向けた。

+++++

「……‥」

あれから急いで買ってきた昼飯の入った袋を脇に抱え、なるべく音を立てないように仮眠室のドアを開けて室内に入る。
今の時間は皆昼食を取りに出払っているらしく、見た限り一番奥のベッドしか使われていない。 ゆっくりと、忍び足で盛り上がったベッドに近付く。

頭から被った布団の隙間から覗くのは柔らかそうな金髪で。
子猫のように丸まったその姿は思わず笑みが漏れてしまうほど可愛らしかった。

「‥…エドワード…」

サイドの小さなテーブルに袋を置いて、膝をベッドに乗り上げる。
覆い被さるような体勢で顔を覗き込み、掛けているシーツを少しだけめくった。

「ん、…‥んぅ‥?」

寝ぼけた声で目を擦る相手の髪を撫でながら、もう一度呼ぶ。

「…エド、俺」

開かれた蜂蜜を濃縮したような瞳は何度か瞬きを繰り返して、やっと俺の顔を捉えたようだ。

「じゃ…ん‥?」
「そう。…目ぇ覚めた?」

「んー…っ、」

間延びした声を上げコクンと頷いたエドワードは何を思ってか腕を首に絡めてくる。

「おい?」

…寝ぼけてる所為だなこりゃ。

「ジャン…仕事は?」

すりすりと肩口に顔を擦り付けて甘える相手の体を、起き上がった膝に抱き上げて背中を宥めるように撫でてやりながら。

「今昼休みでさ。…買ってきたから食うか?」
「ん…たべる…」

そう言って顔を上げたエドワードは違う意味で物欲しそうな顔をしていて。

「お前が欲しいのはこっち、だろ」

「ん、ゃ…‥」

耳の辺りを指で擽ってやると、猫みたいに軽く身じろいだ。

「くすぐったぃ…//」
「そりゃ擽ってるからな」

くすくす笑って耳朶を舐め上げ、あむあむと優しく甘噛みする。 その度に反応する相手が楽しくて調子に乗っていると。

「‥ちょ…、もうヤメ!!おわり!!//」

ハッと我に返ったように俺の胸をグイグイ押し返してエドワードは叫ぶ。 体の中でも敏感な箇所を攻められて、寝起きの頭もやっと覚醒したようだ。

「なーんだ。残念」
「なにが残念だなにがっ!!ったく寝込み襲いやがって…」
「抱きついてきたのはお前」

「ぅ゛‥…っ//」

真っ赤になって反論出来ずにいるエドワードの腰を再度引き寄せて。
薄く開いた無防備な唇に、深く口付ける。

「…ん、…‥っぅ‥…」

ちゅくちゅくと水音を響かせて逃げる舌を追いかけて絡め取り、吸い上げては優しく啄む。
一際弱い上顎をなぞれば面白いほどに体が跳ね上がった。

「…、は‥ぁ//‥……っ、ジャンの舌…えっち…//」

「すみませんね本体そっくりで」

離した唇を親指で拭ってやりながら笑うと、エドワードは口をモゴモゴさせる。

「どした?」

「…‥すっぱく‥ない?くち…」

ああ、さっきの。

「ここにくる前レモンキャンディ食ったからか」
「へー。珍しい。禁煙?」

まさか、とまた笑って寝癖がついた金髪を梳いてやる。

「でも…なんか、」

「なんか?」

オウム替えしに聞き返すとエドワードは何故か恥ずかしそうに目を逸らして、ぽつりと呟いた。

「なんか…‥初めてキスしたとき‥みたいで‥」

…ドキドキするかも。
紅潮した頬を隠すように手のひらを添える相手を見て、俺も少し気恥ずかしい気持ちになる。

「…レモンティー、だったっけか」

あの時は。

「うん…。喫茶店」

「禁煙席でガッカリしたっけ」

そう、初めてのキスは、少女漫画で聞くようなレモン味で。

「オレ絶対最初は煙草味だと思ってたから微妙に嬉しかったかも」
「…なんか傷つくぞソレ」

セカンドキスからはずーっっと煙草味。

「たまには飴、舐めてね」
「むしろお前が舐めた方がいいと思うんだけど」

そんでエドワードからキスしてくれれば最高。

「…気が向いたらしてあげるよ」

胸板に顔を擦り付けて笑うエドワードの額にキスを落として俺も頬を緩める。



たまには、レモンキャンディも悪くない。