電球の白い光がいやに眩しく感じる。何もかもがぼやける視界の隅で、濃い金髪だけが妙に鮮やかだった。
+ + + + +
「…‥調子どうだ?」
ベッドサイドには氷水を張った洗面器。額のタオルは先ほど乗せたばかりだと言うのにもう生ぬるい。
「…さいあく」
燃えるように熱いのに体の芯から沸き上がる悪寒。喉はからからで乾いた咳しか出ないし、胃の中のものも隙あらば逆流してきそうだ。
「まぁ、38度も熱出りゃそうだろな」
ぷらぷらと少し前までオレの口の中に入っていた体温計を振って目盛りを下げている少尉の口元には、いつも咥えている筈の煙草は無い。それがなんだか申し訳なさを募らせる。
なにより折角のクリスマスイブをこんな状態で迎えるなんて。
「…ごめん」
日頃の不規則さと睡眠不足、それに加え雪に降られたのが決定打だったらしい。司令部に着いたときにはもう立っていられなくて、気が付けば少尉に抱きかかえられていた。
「なーに謝ってんだよ。らしくもねぇ」
「だって…」
「だってもなにもねぇよ」
病人は休むのが仕事、だろ?
そう言って少し困ったように笑う相手はオレの額に乗せてあるタオルを氷水に浸して軽く絞り、大きな手で額をひと撫でしてからまた冷えたそれを乗せてくれる。
煙草とコロンの匂いが混じったその手を離したくなくて、普段より重く感じる生身の左手できゅ、と握り締めた。
「…ありが‥と」
風邪を引いてるときは自分でも恥ずかしいくらいに心細くなる。どんな窮地に立たされた時よりも不安で怖くてしょうがない。
こんな姿を弟には見せられないから。
「…どう致しまして」
そんな内心を理解してくれてるんだろう。深く追求もせずに握り返してくれる相手の優しさが嬉しかった。
「しょうい…さ、しごとは…?」
熱で滲んだ涙の向こうに映るのは軍服の青。着替える間も惜しんだのか前を開けたままのその格好でずっと付き添ってくれている少尉を不安になって見上げる。
自分が司令部に到着したのは昼前だったのを考えると、間違いなく今は勤務時間の筈だ。
「いや、中尉が…」
どっちみち戻っても仕事にならないでしょう、ってさ。
「…いいの?」
自分としては有り難い事この上ないが、人手が足りなくは無いのだろうか。
年末年始の司令部はそれこそ笑えるくらいに忙しい。それに、なんの恨みがあるのか狙ったようにイブに事件を起こす奴までいる。
自分の看病の所為で他のみんなが苦労するのは正直あまり良い気分ではない。
「大丈夫だって。今日は大佐をフル回転させるって言ってたし」
「‥フル回転って…」
恐ろしい光景ばかり脳裏に浮かんで思わず顔がひきつる。同時にあの鷹の眼の彼女がサボり癖のある上司の尻を叩くのを想像すると笑いも込み上げてくるが。
「だからお前は何も考えないで休めよ」
俺も、こういう時くらい傍にいてやりたいんだからさ。
そう端から見れば眼を剥かれるほどに甘ったるい笑みを自分だけに向けて囁いてくれる恋人に、寒気とはまた違う別の何かが胸の奥から湧き上がってくる。
付き合って数ヶ月という初々しい関係でも無いのに未だときめいて仕方ないのは、心底自分がこの大人の男に惚れているから。
「…ジャン…‥」
階級では無くファーストネームを口にしたら合図のしるし。
ゆっくりと重い両腕を伸ばすと、ベッドの脇から身を乗り出した相手に優しく抱きとめられる。
たくましい腕に包まれると日頃抑え込んでいる色んな感情が一気に押し寄せて、息が詰まりそうだ。
甘えたい。甘やかしてほしい。誰も二人のあいだに入れないくらいに、たくさんたくさんキスして。
…そして、キス以上のことも。
「‥風邪ってさ、適度な運動すると治るって‥…言うよね」
「‥…ん…まぁ」
何かイヤな予感がする、とあからさまに表情に出して相槌を打つハボックの厚い胸板に顔を寄せながら、エドワードは甘えた声を出した。
「…じゃあ、し‥「駄目」
言い終わらないうちに素早く切り捨てる相手にムッとしてその黒いTシャツを引っ張る。
こんなに欲しくて欲しくて堪らないのに、あんたはそうじゃないの?
「ひど。即答しなくてもいいじゃん…」
「熱あるやつが生意気言うな」
さっきまではあんなにいい雰囲気だったにも関わらず今は子供みたいに背中をぽんぽんと叩かれている。
なんだか悔しくて目の前がぼやけてきた。
久しぶりに逢って、こうして抱き合ってるのに。自分だけが盛ってるみたい。
「…やだ…‥」
ぐずぐず駄々をこねて頭を振る自分は扱いどおり子供にしか見えないけど、他にどうしたらその気になってくれるか分かんなくて。
目の前にある太い首に腕を回してぎゅっと抱きついた。
「‥、……あのさぁ…」
首に抱きつかれたまま中途半端な体勢で体を支えるのは流石に疲れるのか、ごろんと仰向けにベッドに寝ころんでエドワードの三つ編みを解くとハボックは溜息と共に死にそうな声を出す。
「ひとが折角我慢してんだから誘うなよ」
そんなに人間出来てる訳じゃねぇんだぜ、俺も。
「…ジャンも、したいの?」
うだる程の体内の熱に息苦しくなりながら、オレはぱちぱちと瞬いて問い返した。
「そりゃもう体調万全なら朝から晩までする勢いだって」
「…‥若いね」
「うるせぇよ」
掠れる声で笑って顔を見上げると、うっすらと赤くなっているのが分かって嬉しくなった。
ちゃんと少尉も欲しがってくれてる。
「‥ね、はやく…」
風邪が移ると流石に困るので、唇ではなく顎の辺りを軽く舐めた。そのまま舌を首筋まで滑らせていくと汗で貼り付いたシャツの隙間から大きくてゴツい男の手が入ってくる。
熱でだるい体にその体温が気持ちいい。
「後悔すんなよ。‥途中でやめろって泣いても無駄だからな」
脅すような相手の言葉にひとつ頷いて、ぼやけた意識の中オレは身を任せた。
+ + + + +
「ぅ、…や‥」
取り払われた衣服は既にベッドの下。下腹部に当たるちくちくした少尉の前髪に背筋が戦慄く。
横になったエドワードは腰にクッションを敷き、屈んだハボックに両脚を大きく開かされていた。
「や…そんな、とこ…‥っ」
唾液を含ませた舌が這っていたかと思うと、ちうっと内股の柔らかい肉にキツく吸い付かれる。特に敏感な機械鎧の結合部付近は丹念に、それこそ愛おしむかのように愛撫されて頭が沸騰しそうだった。
‥少尉の抱き方は、酷く優しい。
勿論比べる相手がいないので他の人間がどうかは知らないが、少なくとも自分は乱暴にされたことが無い。
有事の時には引き金を引く無骨な指も、いつもは煙草を挟んでいる唇と舌も、…それと、自分とはまるで違う彼の分身も。
全てがとろけるように優しくて、オレのものになる前のこの人が抱いたであろう女たちに、僅かな嫉妬心が芽生えるほど。
「あ‥、ひゃ、ぅ」
吐き出す息が熱い。柔らかく湿った咥内に招かれた自身は小さいながらもぴくぴくと悦び震え、先端の窪みから透明な蜜を垂れ流す。
いつもより敏感に反応してしまうのはきっと熱の所為。
茎の部分を三本の指でぬちゅぬちゅと扱かれ、亀頭は前歯で優しく刺激される。自分の出したもので手や口を汚す相手の姿を見ていられず目を逸らすと、突然強い力で吸い上げられて耐えきれずに白濁を吐き出していた。
「ひ、ぁあ…!」
自身から白い欲望が飛び出すと、体の大事な部分が抜け落ちたような気分になる。倦怠感と心地良い疲労感。芯が無くなって支えられていないと崩れてしまいそうな、そんな不安も。
しかしこっちの気持ちを余所に、零すこともなく男は喉の奥まで届いたであろうその体液を飲み下してみせる。ゴクリと上下する喉仏が妙にいやらしくて、それを直視したオレの下半身にまた熱が籠もるのを感じた。
「…相変わらずかわいいな。ココ」
ちゅ、と再び頭をもたげ始めた自身の先にキスを落とされ上目遣いで見つめられる。その少しくすんだアイスブルーの瞳が情欲に濡れるさまを見ることが出来るのは、自分だけ。
「ぁん…、」
視覚的にも刺激されたオレは小さく喘いで、とろりと亀頭から涙を流しながら相手の堅い金髪に指を絡めた。
触れて欲しいのは、そこでは無くもっと奥の熱い部分。
「…ゃく…‥、」
「ん?」
「‥っうしろ‥はやく…、」
未だ自分の足の間から頭を覗かせたままの男に必死な視線を向け、朦朧とする意識が途絶えないうちに繋がりたいと腰を揺らめかして訴える。
久しぶりの交わりをゆっくり味わいたい気持ちは自分も同じだけれど、生憎この体を冒している熱病はそれを待ってくれる気が無いらしい。
気を抜けば泥に沈んでしまいそうな自分を叱咤して、息を吐きながら上体をゆっくり起こした。
「あ…‥、」
くらり。
途端に襲った目眩で倒れそうになるオレを片腕で抱きとめた少尉が、言わんこっちゃないと盛大に眉を寄せて溜息をつく。
ぐらぐら揺れる視界の中見上げると汗ばんだ額にキスが降ってきた。
「‥お前、やっぱ最後まで無理だろ」
こんな状態で抱いたら強姦っぽくてイヤなんだけど。
「い…から…‥、」
はあ、と熱い息を吐いてむずがるようにゆるゆると首を左右に振りながら左手を相手の股間に這わせる。そこは思った通り、いやそれ以上の熱と硬度を持っていて。
自分だってもう後戻り出来ないくせに。
「やさしく…しない‥で…」
クリスマスプレゼントなんて用意して無いから、これが自分に出来る精一杯。
自ら足を広げて間に指を滑らせると、そのまま先ほど出した精液のぬめりを借りて指を挿れる。たちまち根元まで咥え込んだそこは自分の体とは思えないくらいに熱くとろけていて、思わずきゅっと目をつむった。
「ね、…そんな簡単にオレ‥こわれたりしないよ‥…?」
そう上目遣いで切れ切れに訴えかけると少尉は一瞬驚いたように目を見開き、何度か瞬きしたあと、ふっと微笑んだ。
「…そだな。‥悪い」
お言葉に甘えて、と再度柔らかいシーツの上に押し倒され、未だ自分の指が入ったままの秘所に骨ばった長い指がねじ込まれる。
「ひゃ、あ、ぅ…っ」
待ちに待った刺激とは言え、ぐちゃぐちゃと掻き回される所為で抜くことも出来ずにそのまま自分の指と絡められて前立腺を刺激されるのだから堪らない。相手の片手はわき腹を這いながら胸元までたどり着き、ひときわ敏感な乳首を摘みあげた。
「あぁ、あ…!!ひ、ゆび、はなし…っ、ゃあっ」
シーツを掴んで身悶える自分をよそに根元までしっかり入った指を折り曲げ、中の絡みつくヒダごとぐるりと掻き混ぜられる。もう充分にほぐれたそこをなおもいじめ倒す相手に苦情をもらそうとしたが、やさしくしないで欲しいと訴えたのは自分なだけに唇を噛むことしか出来なかった。
「…ココに俺の挿れたらどうなるんだろうな?」
こんな、とろとろになったお前の中に。
耳たぶを舌でねぶりながら腰に響く声で囁かれると、渦巻いていた欲望が言葉となって口から滑り出た。
「や、も…いれ…‥っ‥ぁ!」
言い終わる前に思わず目を背けたくなるほどツンと尖った乳首を親指の腹でくりくりと転がされ、喘ぎに言葉がかき消される。
やさしくしないでとは言ったが、ここまで意地悪をしてくれと頼んだ覚えもないのに。
「ほら、ちゃんと言えよ」
「もお‥…、ジャンのほし…い‥っ」
やっとのことで吐き出した声は自分でも可笑しくなるくらいに切羽詰まっていて、同時にこんなにも目の前の恋人を欲しているんだと改めて自覚した。
「っ、…ふ、ぅ…‥」
押し付けられた肉棒に、熱とはまた違った意味でめまいがしてくる。涙で判然としない視界の中目を凝らすと、自分と同じく余裕の無い表情で今にも押し入ってきそうな男の姿が飛び込んできた。
「、…‥っ」
ずん、と挿れられた欲望の太さに息が詰まる。反り返った喉に口付けを何度も落とされて圧迫感をやり過ごした後に残るのは、これ以上無いほどの快感と至福で。
両脚を肩にかけられるというあられもない体勢を取らされているにも関わらず、次の瞬間には自分から身をよじって催促していた。
「ぁ、あ、ん‥っ」
いつもより鋭い角度で、いつもと違った場所を突かれる。普段刺激があまり掛からない部位まで行き届く相手の肉棒は、少し前までの気遣いはどこへ行ったのかと問い詰めたくなるくらい無遠慮に内部をえぐった。
「っ、…あつ…‥」
熱のお陰か自分の中は通常時よりも熱いらしく、突き上げる少尉も苦しげに眉を寄せて浅く短いストロークを刻みだす。
ねちょねちょと2人の間で擦れる自分自身に指を絡められ、搾るように茎から先端に向かって扱われると一気に限界が目の前までやってきた。
「ゃぁあっ、んっ、だめ…、いっちゃ‥っ」
尖らせた舌はぷくりと膨らんだ乳首を、肉棒は奥の前立腺を、右手は蜜をしたたらせる自身をこれでもかと攻め立てる。
背骨を走る有り得ないほどの快楽に首を振って喘ぐと唇を唇で塞がれ、気を取られている間にぎりぎりまで引き抜かれた肉棒に最奥を突き上げられていた。
「んぅ、‥────っ!!!!」
+ + + + + ・ ・ ・
「は、…ふ…‥」
ずるりと萎えた相手が出ていく感触。べた付いた下半身を不快に思いながらも、する前まで苦しめられていた熱が引いていることに気付く。
「‥…平気か?」
「ん…‥、‥なんか具合悪いの治ったっぽい…」
塗れタオルで適当に処理をしてくれた相手に目をつむって答えると、笑いを含んだ声が返ってきた。
「精子と一緒に風邪菌も出たんだな」
「……‥‥ごめんおもしろくない」
呆れながら閉じていた目を開け、にやけた相手の顔を見上げてあることに気付く。
そう言えば…。
「クリスマスイブらしいこと何もやってないね」
ケーキもローストチキンもクリスマスツリーも。
思い出したら段々勿体無くなってきた。
未練たらしく唸っていると可笑しそうに笑われ、隣に寝転がった少尉に体を引き寄せられる。
「まあ、こういう年もあるって」
どうしてもってんなら、明日やればいいだろ?
厚い胸板に頬を押し当てて暫し考え、納得してにっこりと笑みを返した。
「…そだね!」
次の日少尉が風邪を引いて1日寝込んだのは、また別のお話。