「ん〜っ、ケツいてぇ!!」
「こら兄さん、道端でそういう事言わないの」
長時間列車の堅い椅子に座っていた事ですっかり床ずれ状態の尻を片手でさすりながら伸びをする兄に、広く大きな肩を呆れた様に竦めつつ弟のアルフォンスは煉瓦の外壁に寄り掛かる。
今の時間は、調度正午を過ぎた頃だろうか。暦の上では既に春と呼べる時期だが、まだまだ肌寒さは拭えない。
もっとも、列車の中で籠もった空気に身を置いていたエドワードに取って、この少し冷気を含んだ風は心地よいものだったのだが。
空を仰げば綿菓子が細切れになった様な雲。アルフォンスは約二ヶ月半ぶりの東部の風景を懐かしむ事も無く、眠いだの腹が減っただの愚痴を漏らす兄が本当は浮かれているのを知っているだけに、その姿を妙に微笑ましく感じてしまっていた。
「そういえば、迎え寄越してくれるんでしょ?」
背を外壁に預けて足を組み替えつつ。
もし、今自分が生身の肉体を持っていたならば確実にニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべているのだろうなと、そんな事を考えながらなんでもない素振りで問い掛けてみる。
案の定、隣でだらしなく座り込んでいた兄の背筋が急にピンと伸びた。
まるで先生に叱られた生徒みたいだよ?兄さん。
「あ、うん。いらねーって言ったんだけどさぁ」
ハハハ、と照れ半分で苦笑するその顔は眉を寄せている癖に酷く嬉しそうで。
やれやれ。これじゃあボクはまるきりお邪魔虫じゃないか。
「‥…あ!兄さんゴメン、ボクちょっと買い出しがあるから先に司令部行ってて貰えるかな?」
我ながら使い古した言い訳だとも思うけど、これも兄さんの為。
唐突に言い出したボクを困惑した目で見上げる兄さんは弟の自分から見ても充分文句無しに可愛い。
「は?買い出しって?」
「防錆のオイル!!ついでに兄さんが好きなdreamのショートケーキも買って来てあげるね?それともモンブランの方がいい?あ、新発売のブルーベリーパイとか?あれ美味しいって宿のおばさんが言ってたんだよねー」
調度オイルが無くなっている事と、兄が好きなケーキ屋さんが近くにあったのを思い出して咄嗟にまくし立てる。
「ぃ…イチゴの‥ショートケーキ…‥」
余りの剣幕に引き気味のエドワードはそれだけ言うのが精一杯だった様で。
「分かった!」
少尉に宜しくね!と片手を上げて軽やかに走り去る鎧の弟を兄はどんな目で見送ったのか。
‥…‥…。
「‥…‥へんなの」
そんなアルフォンスの優しさに気が付かないエドワードも結構な鈍感である。
「ま、いっか。…あーあ。それにしても益々暇だぜ」
‥早く来いよ、バカ。
++++++++
「すぐ戻っから。此処で待っててくれ」
バン、と軍用車のドアを行儀悪く足で閉めながら指に挟んだ煙草を、蒼い軍服を来た濃い金髪の男は口元に運ぶ。
車を出た途端外の冷気が体に凍みて、普段余り袖を通さない軍で支給されている黒のロングコートを持ってきて正解だと思った。
彼からは二日前に連絡が入ったばかり。
自称根無し草の名を廃らせる事も無く各地を転々としている赤いコートの少年と連絡を取るのは、決して容易では無い。
公衆以外の電話が無い為、こちらからは掛け様が無いからだ。
毎日仕事に追われながらも、日増しジリジリとした焦りにも似ている感情が育っていくのをただ耐えるしかない自分が情けなく、同時に危険な地をまだ幼い兄弟二人だけで渡り歩いている彼らの事が正直心配でならなかった。
まぁ、それも今日でやっと一段落。
誤算と言えば、早めに切り上げようと思っていた仕事が長引いてしまった事か(それもこれも全て無能な上司が悪い)
‥…やばいな。
相当浮き足立ってるのが自分でも分かる。
抑えようとしても顔の緩みが止まらない。
十代のガキじゃあるまいし。
みっともないったらない。
でも、ま…
「仕方ねぇよなぁ…」
自分でも呆れるくらい、惚れてんだから。
そうポツリと呟いて誰が見てる訳でも無いのに照れ隠し半分で頭をガシガシと掻き毟りながら、はた、と左手の腕時計に目を遣る。
「まっ…じぃ‥!!」
時計の針は既に待ち合わせの時間を15分過ぎたところを指していて。
本気で慌てた。
なにせ自分の恋人は待つのも待たせるのも大嫌い。おまけにこの肌寒さときた。
「ぁー、なんて言い訳しよ…」
足早に煉瓦が敷き詰められた街道を進みながら、そんな事を考えていた。
+++++++
「…‥っくしゅ、」
ぶる、と一つ震えて赤いコートの上から自分の体を抱き締めるエドワード。
汽車を降りた直後は気持ち良かったけど、だんだん肌寒さが戻ってきてしまい。
折角逢えるのに、風邪引いて寝込んだら間抜け過ぎる。
膝を抱えて腕に顔を埋めながらいつまで経っても来ない恋人を思った。
「風邪引いたらうつしてやる…」
「へぇ誰に?」
……‥。
「‥…‥へ!?」
ズサっと思わず身を引き、元から大きな金色の瞳を更に見開いて隣に屈み込んでいるハボックを凝視する。
ドキドキと高鳴る胸は驚きとはまた違う感情から来るものだと自分は知っていたの
で。
さっきまで冷たかった白い頬と可愛らしい小さな耳は熱を持って紅く染まっていた。
「んな驚くこたねぇだろ」
「だだだって…」
「ま、いいけど。それより…」
寒かっただろ?
申し訳なさそうに眉を寄せて、エドのほんのり色づいた頬に大きな手を添える。
「悪いな、ちょっと仕事長引いちまって」
「‥どぉせあの大佐がサボってたツケだろ?」
「…‥…よく判ってらっしゃる」
普段自分も常々思っている事だが、それをこんな子供にまで言われる大佐を少し哀れに感じて軽くハボックは苦笑する。
それと同時に今まで自分が羽織っていたロングコートでエドの小さな体を包み込ん
だ。
「これでよし、と」
「あ…、いいの?」
きゅ、と自分には長過ぎるコートの裾を握ってエドワードは上背の男を見上げる。
「いーって。俺体温高いから」
お前のが何倍も大事だし?
「ん、‥…//」
ありがと。
こくん、と頬を僅かに赤らめて頷いたエドワードを細めた目で見遣り、ハボックは立ち上がってその小さな左手を握り締めた。
「向こうに車待たせてあるから行こうぜ。…‥そういやアルはどした?」
軍服のポケットを片手でごそごそと漁っている少尉は、見る限り煙草を取り出そうとしているらしい。
ようやく現れた小さな箱は可哀想な程潰れていて。
軽く眉を寄せながらオレは苦笑した。
「ぇっと‥。なんか買い出しがあるみたいで…。ついでにケーキ買ってきてくれるってさ」
「なんだそりゃ」
オレの言葉に片眉だけを器用に上げて問いつつ口の端に煙草を咥える少尉。
ジッポを鳴らして火を点けるその仕草が大好きだって知ってる?
「いや、オレもよく分かんない」
んー…。
「‥ま、ケーキ楽しみだな?」
肺まで煙を吸い込み空に向かってドーナツ型のわっかを吐き出す少尉の手を、きゅ、と握り直して。
「煙までくいしんぼう」
‥あったかい。
「お前もドーナツ好きだろ」
明日、食いに行く?
「オレ生クリーム挟んであるやつがいいな」
「ゲロ甘だろあれ」
「ゲロとか言うな」
‥…。
「…行くか」
「ん、」
くすくすと笑いながら二人で顔を見合わせて、車が停めてある通りまで手を繋いで歩いた。
これが家につくまでのささやかな楽しみだったりする。
+++++++
「悪い待たせた」
片手で軍服を着た運転手に謝って少尉は後部座席へオレを通してくれる。
軍用車は正直好きじゃなかったけど、自分の為に用意してくれた物だとやっぱり嬉しい。
オレって案外お手軽な奴かも。
「いえいえ、私もかの有名な鋼の錬金術師殿にお目に掛かれて光栄ですから」
にこりと人好きのする笑いを向けてくれた運転手の人は、肩章を見る限り准尉らしい。
…少尉の隊の人かな?
「そんな、こっちこそわざわざすみません」
頭の裏で色々考えて、借りたコートを脱ぎ脱ぎ軽く会釈した。
「じゃ、頼むな」
「はい」
次いで入ってきた少尉が准尉さんに声を掛け、鈍いエンジン音と共に車は走り出す。
…‥。
「お前さ、」
「なに?」
車の中では煙が籠もるからと、大分前に窓の外へ捨てた煙草の所為で持て余した唇を噛みながら、少尉が横目でちらりと視線をくれる。
「…車酔いとか大丈夫?」
「え、あー‥うん。へーきへーき。そんなやわじゃないから」
へぇ。心配してくれたのかな?
上目使いで様子を伺うと、気の所為か蒼い少尉の瞳の端に何かが走った様に見えた。
「…そ。ならいいか」
「は…、なに…‥して‥?」
ちょ、ちょちょちょちょっと待て!!!!
「な、何してるわけ!?」
驚きでひっくり返る声は滅茶苦茶間抜けだったけど、そんなの気にしてらんない。
「いーからいーから。はい前向いてー」
…向けるか!!
あろう事か後ろから抱き締められる形で、しかもその大きな手は赤いコートを脱がせようと前に回ってくる始末。
これでどうして落ち着いてられるのか。
「あんたなに?発情してんの?」
前で運転してくれている准尉さんに聞こえない様にと、叫びだしたい気持ちを抑えて声を低くする。
その行動に反して顔は自分でも分かる程火照ってきているんだけど。
「そりゃ発情するだろ。…何ヶ月禁欲生活してたか分かるか?」
「ぅ゛…っ、」
急にマジな声で囁かれても。
‥…困るってば。
「だ、だからってこんな…車じゃなくて…。ね?」
首を後ろに向けて、言外に「家でしよう」と目線を送る。
「無理。欲しくて死にそう」
うなじの辺りに顔を埋めて切羽詰まった声を出されると、いよいよどうしたらいいか分からなくなってしまった。
そりゃ、オレだってしたいし。嬉しいけど。
でも…‥。
「見られるから出来ないだろ?我慢してよ」
ここは心を鬼にして。
「‥…」
…‥諦めてくれ‥た…?
「‥分かった」
その言葉にホッとしたのも束の間で。
「見えなきゃいーんだな?」
‥…。
…‥…あの。
なんか根本的にずれてますよ。
「だから駄目…!!って……‥、少尉?」
驚くオレを余所に、少尉は先程脱いで脇に置いておいた黒のロングコートを腰から下にかけて覆い隠す様に被せた。
「へ…」
「今日は上できねぇけど勘弁な」
後ろから耳元に落とされた囁きも理解出来ない。
いっそ間抜けな表情で振り向くオレに酷く優しい笑みを浮かべて、同時に大きな手が被せられたコートの中に入り込んできた。
「…っ、!!」
触られたのは、オレ自身。
勿論ズボン越しにだが、こんな密室の、しかも他に人がいる状況での行為に興奮している自分も確かにいて。
咄嗟に手の甲を使い口を塞いだ為声は漏れずに済んだけれど。
このままコトが進めばどうなるか分かったもんじゃない。
「ちょ…っと‥、冗談やめ‥、…!!」
制止しようと紡いだ台詞は、もぞもぞとゆっくりジッパーを下げる僅かな音に怯んでかき消される。
「…声、出すなよ」
バレたくねぇんだろ?
そう囁かれた声音は何処までも優しいのに。
台詞はまるで凶悪犯が使う脅し文句のよう。
やり場のない手がコートの端を握り締めたのを確認して、少尉は勃ち上がりかけた幼いオレ自身を揉むように愛撫し始めた。
「は…、ぅん‥っ」
吐息のような溜息。
押さえようとしても口をついて出る悩ましげな声をとめる術なんか無くて。
裏筋から先端までを行ったり来たりする愛撫の手に、ぞくぞくとした快感が脊髄を走っていくみたい。
「っ‥ゃ‥…」
「どうかされましたか?」
思わず抑える事を忘れて出した高めの声に、不振に思ったのか准尉さんがミラー越しに声を掛けてくる。
ま…ずぃ…!!
「あ、なんでもねぇから。ちょっと車酔い」
運転、続けて?
ニッコリと、オレの代わりに答えた少尉の手は今の会話で止まるどころか更に激しさを増して自身を扱き上げる。
なおも心配そうな准尉さんにオレも必死に頷いて笑顔を作った。
「だ、だいじょーぶです」
嘘です。大丈夫じゃないです。
「そうですか。いやぁ‥それにしても仲が宜しいですね」
「こいつが甘えてさー」
誰がいつ甘えたよ!?
って怒鳴りたい気持ちでいっぱいだったけど、迫りくる絶頂感に声を我慢しているのが精一杯。
ちくしょ…、少尉の奴好き勝手言いやがって…!!
「端から見ていると本当の兄弟みたいで」
可愛いですね。
微笑ましそうに目を細めて、また運転に集中する准尉さんには申し訳無いんだけど。
…も、そろそろ限界…‥。
「しょ‥ぃ…」
熱い吐息と精一杯焦点を合わせた目で後ろを振り向き強請る。
いつもより限界が早いのはきっとこのシチュエーションのせい。
「まだ我慢」
も少しだけ待ってろ。
返ってきた言葉は想像していたのと反していて、ちょっと戸惑う。
いつもだったら優しいのに。
「んな目で見んなよ…。何度も出したら処理面倒だろ?」
困った様に微苦笑し、濡れた指を後ろの入り口に滑らせた少尉を見て、意図を理解した。
要するに中に挿れてから、ってことか。
「なら…はやく‥っ」
とにかくこのグルグルと躯の中で渦巻く熱いのを解放したい一心で腰を揺らすと、心得たとばかりに長い指が先走りのぬめりを借りて中に入ってくる。
突然の異物感に軽く息を飲むが、それすらも今は快感で。
「く‥ぅ‥っ」
あっと言う間に3本まで増やされた指が出ていったと同時に半端に脱がされたズボンが膝まで下ろされ、そのまま猛り勃った少尉の肉棒がオレを貫いた。
「っ―――!!!!」
指とは全く違う圧迫感と質量。
自分でもよく声を出さなかったと思う。
「…声、よく我慢出来たな」
半ば感心したように呟いた少尉も同じ意見の様で、こんな状態なのにちょっと笑ってしまった。
「余裕あんのも今のうちだぜ?」
低く、腰に響くような声で脅かす相手からの熱を期待している自分が恥ずかしかったけれど、もう大分前から解放を願っている自身を考えればそれも仕方ないと思い直して。
こくんと頷く前に刻まれ始めた律動は、いつもより緩やかだった。
「…っ、‥」
はっきり言って、焦れったい。
もっと奥まで、壊れるくらいに突いて欲しいのに。
「ぁ‥もっと‥…、」
ここが車内だって事も忘れて腰をくねらせるオレを、軽く眉間に皺を寄せた少尉が窘める。
「がまん、だろ」
俺だってしんどい、と愚痴をこぼしつつも車の振動に併せて的確に感じるところを突き上げてくれる少尉の肉棒を反射的に締め付けてしまって。
「‥…っ、は」
短くだけど声を上げた相手に煽られて一気に絶頂感が目の前に迫ってきた。
「ゃ…も、やぁ‥っ」
ぬちゅぬちゅとエンジン音に紛れて密かに濡れた音を出す結合部。
お互いの限界が見えたところで、更に追い打ちを掛けて大きな手がオレ自身を律動に併せて扱いた。
「っ――、―!!!!」
一瞬、瞼の裏が真っ白にスパークする。
びくっ、と躯が震えたとほぼ同時に少尉の手のひらへ快感の証を飛ばして。
つられたのかと思う程絶妙なタイミングで少尉もまた、熱く熟れたオレの内部に精を放った。
++++++
「兄さん、はい」
差し出された白い箱。
「少尉、わざわざ迎えに来てくれたのにすみませんでした」
ちょっと買い出しがあって、と可愛らしく頭下げる弟を、腰の痛みに耐えて箱を抱えたまま見上げる。
あのままアルがいればこんなことには…。
「いやいや、気にすんな。お陰で俺もいい思い出来たし」
な?
憮然として横に立つオレに軽くウインクを投げて誤魔化しても。
「許さないんだからな!!!!」
腰が痛くなければ今にも掴み掛かりそうなオレに、そっぽを向いてよそ事を口にする
少尉がいつもより数段憎らしく思える。
「いやー、ケーキ楽しみだ」
そんなオレ達の会話を不思議そうな顔で見つめるアルにも、説明出来る筈がない。
絶対に。
「〜っ、行こうぜアル!!中尉にお茶入れてもらお!!」
「兄さん?」
まぁ、少しはアルにも感謝してるけど――
――少尉と一緒の車なんて、しばらくは乗ってやらないからなっ