イーストシティーに到着したのが、大体夜10時を過ぎた頃。
遅くなるから東部に戻るのは明日にしよう、と何度もアルフォンスから言い聞かせられつつも、我慢出来ず汽車に飛び乗ってしまったのはやはり失敗だったかもしれない。
いくらなんでも夜遅く報告に行く訳にはいかないし、何より、いつまでもあの人が司令部に居るとは限らないことを汽車に乗るまで失念していたのだ。間抜けな自分は。
「あれ、何処か行くの?兄さん」
「…ん。ちょっと散歩」
脱ぎ捨てて椅子の背に掛けてあったコートを羽織り、肩に流れる金髪を緩く三つ編みはせずに結い上げる。
「気を付けてよ?」
鈍い光を放つ鎧の体をオイルで磨く弟に素っ気ない返事を返して、宿を後にした。
いつもの宿から徒歩数分の距離にある古ぼけた電話ボックス。
通りにはこじんまりとした公園が、昼間とは打って変わった静けさで存在している。
何処か淋しそうに見えるのは、この持て余した自分の気持ちの所為だろうかとぼんやり考えながら、四角く透明な箱の中に入った。
「……、」
赤いコートのポケットの中から多めに持ってきた硬貨を取り出して、数枚を機械の口に押し込む。
次第に早くなっていく鼓動に同調するかのように震える鋼の指先は、それでも自分の意志に反する事は無く、ボタンを確実に捉える。
‥息を詰めて、最後の番号を。
「‥…いる‥かな…」
やけに呼び出し音が耳に響く。
もしかしたら、まだ司令部で仕事してるかもしれない。
それとも、付き合いで飲んでるとか。
…まさか、女の人と会ってたり‥しないよね?
そんなことをぐるぐる考えていたら何度目かの呼び出し音の後、ガチャリと受話器を取る音が聞こえた。
『…もしもし』
久し振りに聴く、低い声。
電話越しのそれは、いつも2人きりの時で囁かれるような甘い響きじゃ無い。
何処か事務的な声音に受話器を握っていない方の左手が汗ばんでくる。
『…‥もしもし?どちらさんで?』
少尉がずっと黙り込んでいるオレを不振に思うのは当たり前で、早く答えなきゃと頭では分かっていても言葉が喉に貼り付いて出てきてくれない。
っ何か言わなきゃ…。
『‥…、‥エド…?』
突然呼ばれた愛称に、思わず驚きの声が漏れた。
「!‥な‥…!?」
『ああ、やっぱエドだ』
な、なんで分かったんだよ…!!
そう叫んでやりたいのに、実際は受話器に向かって陸に上がった魚のごとく口をパクパクと開閉するしかなくて。
『…おい?久し振りなんだから声くらい聴かせてくれよ』
まるでこっちの状況が見えているような相手の口振り。きっと向こうでいつもの優しい苦笑を浮かべてるんだろう。
「…‥少尉ってエスパー?」
『まぁ、お前限定な』
なんか念飛ばしてるだろ?
「‥し、知らないっ」
先ほどまでとは違う、甘やかすような声がこそばゆい。彼が他の誰と話していても、こんな声は聞いたことがないから尚更に。
大事にされてるって、自惚れてしまいそうだ。
『お前、今どこ?』
「…宿の近くの電話ボックスだけど」
『宿って…いつものとこだよな?』
「……、」
どうしよう。
正直に言ったら連絡しないで帰ってきたこと怒られそうだし…。
『あのさ、黙ってると余計分かりやすいぞ。お前嘘つくの苦手だろ』
「…、…‥い、いつものとこ!!」
ああもう、誤魔化そうと思ってたのに…!!
『帰ってくる時は連絡しろって言ってんだろいつも。迎えに行くのに』
「‥だって‥‥…、邪魔したくないもん…」
そりゃオレだって、折角帰ってきたんだから早く会いたい。
迎えに来てもらうのも素直に嬉しいし、車の助手席で家までの距離をうとうと微睡むのも好きだ。
でも。
彼は大人で、自分はどう足掻いても子供で。なんだか時々、恋人なのにお守りをさせてる気分になる。少尉は甘やかすのが上手いから、ついそれにのっかってしまうけど。
オレにだって恋人としてのプライドはあるのだ。
『…‥ま、お前のそういうとこは今に始まった事じゃねぇけど』
「‥…怒った?」
『いんや、慣れてるからヘーキ』
「…なんかそれ頭くるなぁ」
くくく、と僅かに漏れる少尉の笑い声が、受話器を耳にぴったりとくっつけている所為で、そのまま腰にくる。
耳元で直接囁かれてるみたいだ。
『アルに言ってこいよ。今から迎えに行く』
「え、ぁ…うん…‥」
『…どした?』
…ああもう、オレってばどうしようもない。
いくら久し振りだからって、聞き慣れた少尉の声に欲情するとは。
「も‥ちょっと‥…。電話してちゃ…だめ?」
受話器を肩に挟むと、そのまま空いた機械鎧の右手で左手の手袋を外す。
今から自分がしようとしている行為に声まで震えてきそうだ。
『…?今日は都合悪いか?』
「そうじゃ…ないけど…‥、」
少尉の問い掛けに答えつつ、泳がせていた視線を下に向ける。そこは既に後戻りが出来ないほど正直に反応していて、自分の浅ましさに少し泣きたくなった。
『こんな電話じゃなく直接会って話したいだろ』
「ん…、も‥ちょっと待って…」
『……。…‥エド‥お前…』
‥もしかして。
『‥お前、1人でヤってんの?』
その問い掛けに、びくっとチャックを恐る恐る下げていた左手が震える。気付かれないように抜こうと思ってたけど、やっぱり無理だった…?
「ごめん‥なさ…、我慢…できなくて‥」
こんな場所でこんなことしてるなんて呆れられるかな。少尉の声だけでしたくなる淫乱なやつだ、って。
『あーあ…、若いなぁ…‥お前も』
てっきり溜息でも聞こえてくると思ってたのに、耳元に落とされたのは苦笑をまとわせた呟き。
チャックを下げきって取り出した自身を手のひらで包み込みながら、荒くなっていく息に任せて言葉を返す。
「だっ‥て…、しょうぃの声…‥やらし‥」
『‥人を変態みたいに言うなって』
「ぁ、…やあ…‥、」
握った手を、本能のまま上下に動かして眼を閉じる。視界が塞がれてしまうと人間というのは不思議なもので、他の器官がいつもより断然鋭くなるのだ。
例えば、耳。
『…‥仕方ねぇな‥一回抜けよ。手伝ってやるから』
「ん、‥ジャ…ン、キス‥して…」
手のひらの隙間からを滴り落ちる先走りを竿の部分に塗り込む。
ぬちゅぬちゅと感じやすい裏筋を重点的に擦り上げて、蜜の溢れる先端部を親指で抉るように刺激してやった。
電話越しの彼がいつもしてくれるのを思い出して。
『…いいぜ。口、開けろよ』
「ふ、うぅん…‥//」
受話器を再度肩に挟み、右手の手袋も取り去るとその機械鎧の指を咥内に誘い込む。
彼の舌とは似ても似つかない感触。
だけど、必死で舌を絡めていつものキスを思い浮かべる。
激しいのに乱暴じゃなくて、優しいのに腰が砕けるほど濃厚。
吸っている物の名残で苦い舌先までも、彼にかかればとろける蜂蜜。
咥内を出入りする柔らかなそれを想像するだけで、止まることのない左手が更に勢いを増していくようだ。
『‥エド‥…下、どうなってる?』
「…、あ…‥も‥ぬるぬるって、して…」
『して?』
「…、勃って…る…‥っ」
誘導されるように紡いだ言葉は、音にしてみるといやらしい事この上ない。
自分の口から滑り出たそれに赤面して黙り込んでいると、またあの腰に響く甘い声で囁かれた。
『…かわいいな。俺に扱いて欲しくて震えてる』
「ん、ジャ…ン‥、早くぅ‥っ」
早く、言葉通りに思い切り。大きな手の中で弄んで。
『裏筋、撫で上げるとぴくぴく言うんだな。先の方からぬるぬるしたやらしいのが垂れて扱きやすいぜ?』
「ゃ、や…あぁん‥っ」
耳元でこれでもかってほど艶を含んだ言葉を囁かれ、その通りにそそり勃った分身をぬちゅぬちゅと擦る。
後ろから抱き込まれているのを想像すると首の後ろに彼の熱い吐息まで感じそうだ。
「ぁ、あ‥っ!も、イっちゃ‥…」
堅いガラスの扉に背を預け、一心に手をスライドさせる。
荒くなった吐息と意味を成さない言葉しか吐き出さない唇は、端から零した唾液でいやらしく濡れて。
『…、出せよ。全部飲んでやる』
心無しか受話器越しに聴こえる相手の声も荒いような気がして背筋を震わせながら、絡みつく咥内の熱さを脳裏に浮かべ一気に溜まった欲を体外に放出した。
「ひあ、あ、ぁ…っ──」
「……‥で、俺の声に興奮したんだ?」
スプリングの良くきいたダブルベッドに組敷かれながら、意地の悪い問い掛けに先ほどから顔を背けている自分。
電話を切った後、濡れた手や乱れた着衣を適当に整えて迎えにきた少尉の車に乗り込んだ。
助手席に座って久し振りに見た彼は相変わらずいい男で、吐き出した筈の欲がまた湧いてくるのだから尽きることのない自分の欲求には呆れてしまう。
「電話だと素直な癖に。なんか言えよ、エドワード」
絡めた手はそのままに顎の下を唇で甘噛みされる。キスマークが付くか付かないかの微妙な強さで吸い付いてくる少尉に焦れったくなってツンツンと堅い後ろ髪を引っ張ってやった。
「も‥、そんなの訊くなよ…っ‥ばか…」
さっきは夢中で気にしてる余裕なんか無かったけど、落ち着いて思い返すと泣きたいほど恥ずかしい。好きな人だと言っても声だけで煽られて、その手を想像しながら電話ボックスで自慰行為に及ぶとは。
…本当に、穴があったら入りたい気分。
「だって泣きそうな顔してるお前って見てると苛めたくなるし」
からかいの色を瞳の奥に秘めて肩を震わせる少尉の姿を見ると、益々情けなくなる。
合わせていた手を無理矢理に解き、うつ伏せになって少尉に背を向けると潤んでいた瞳から自分の意志とは関係無しにポロリと涙が零れ落ちた。
「…‥。‥じゃあもう今日はヤんない」
オレは少尉が好きで欲しくて、我慢出来なかったのに。…いじわる。
「…うそ。ごめん」
そんな今更優しく抱き締めたって、許さないから。
「俺もエドの声聴いて興奮したんだぜ?」
‥腰にクる声で囁いても、だめ。
「もうこんなだし…‥」
‥…。
「…。…‥なんでそんな勃ってんの」
チラリと隙間から伺った相手の股間の状態に、いっそ呆れた声が漏れる。
人が怒ってるってのに。
「だから興奮したって言ってんだろ」
「オレのことばかにしたじゃん!」
「好きな子ほど苛めたくなるって言うし」
「…あんたガキか」
はいはいガキですよ。
情けない声を出してオレの薄くて平らな胸に顔を擦り付ける少尉に、さっきまでの怒りも何処かへ行ってしまったようだ。
それにいつもと逆で甘えられてる感じが妙に笑える。
「…仕方ないから、抱いてもいいよ?」
なんちゃって、自分が我慢出来ないだけなのに。
「じゃあお言葉に甘えて」
…おいしく頂いちゃいますかね。
オレの内心を見透かしたように笑う相手の首に腕を絡ませて、自分から唇を重ねた。
「ん、は…っ、そこ…‥」
性急に脱がされた服は既にベッドの下。覆い被さる男は女を相手にしているように、胸の上の乳首を攻める。
自分ではなかなか弄る気になれないソコは目の前の彼に開発されて、今ではすっかり性感帯の一つだ。
「ね、‥…っはぁん…、ジャンって…すき‥なの‥…?」
近付いてきた舌先が容赦なく神経が剥き出しになったような乳首を押しつぶす。
その度に走り抜ける快感にビクビクと背を仰け反らせつつ問い掛ければ、何かに酔ったような眼で言われた。
「…ん、すげぇ好き。弄るたびに堅くなってくのとか最高」
「ゃ、あん…‥っエッチ‥…」
確かに自分も好きだけど、下はその刺激でもはや直視出来ない状態になっていて。
腹に付きそうなぐらい反り返った自身の亀頭からは止めどなく透明な蜜が溢れ、乳首へ愛撫を加えられる度苦しそうに脈打っていた。
「もう欲し…っ、ジャンのぉ…」
前の苦しさより、後ろの奥が疼いて堪らない。
乳首に舌を絡ませながら片手で自身の先をカリカリと引っ掻いている相手の頭を強く抱き締めて、泣きながら訴え掛ける。
もう上も下も分かんないくらいに全部ぐちゃぐちゃにして。
自分で慰めただけじゃ足りないんだ。会えなかった分まで、いっぱい。
「‥…息吐け」
その短い言葉の通りに深く息をつく。
滴った蜜で濡らされた指先が、今はまだ窄まっている入り口を撫でた。
「あ…、」
ゆるゆると侵入してくる骨ばった男らしい指を根元まで飲み込んだ蕾は、まだ足りないと収縮を繰り返す。
「痛くねぇか?」
「…、だい‥じょぶ‥…」
肩に埋めていた顔を起こして目線を合わせると普段からは想像もつかないような欲に濡れた瞳とぶつかり、心臓が早鐘を打った。
そんな欲しそうな眼、ずるい。
こんな時だけ、本心見せるなんて。
「ん、は…んんぅ…‥」
ぐちゅぐちゅと内部の粘膜と指が絡み合う音に合わせて、深く重なった唇からもお互いの唾液を啜り合う卑猥な響きが誤魔化しようもなく聞こえてくる。
目眩がするような口付けに夢中になっていると、不意に指が引き抜かれ息付く間もなく熱い肉棒を突き挿れられた。
「っ、んーーー!!!!」
突然の刺激に躯を震わせて思わず吐精したオレに構わず、ずんずんと最奥を突き上げて腰を振る少尉に縋りつく。
解放された唇から必死に酸素を取り込もうと焦るが、喘ぎ声が口をついて出てくる為それもままならない。
「ひ、ゃ、だめ‥、はげし…っあぁん」
「っ…‥、‥」
「ゃだ…、こわれちゃ…‥ジャ‥ンっ」
激しい動きに、放った自分の精液が分身と少尉の下腹部に擦られてぬちゃぬちゃ水音を立てる。
再び勃ち上がった分身は内壁を擦られる快感と下腹部での摩擦で早くも限界を訴えていた。
「イく…イっちゃうってばぁ…っ、ぁ、あん、あ…っ」
「…、俺も‥そろそろ‥…」
耳元に落とされた少尉の荒い吐息が妙に色っぽく、思わずきゅぅっと内部の肉棒を締め付ける。
途端苦しそうに顰められた眉と同時に片足を頭の横まで抱え上げられ、めちゃくちゃに中を掻き回されて耐えきれず絶頂を迎えた。
「ゃ、や、や‥っ……―――!!」
「っ‥く…ぅ……、」
「は?マジで?」
「マジ」
問い返したオレにさらりと肯定の言葉を漏らす相手を見て唖然とする。
「じゃあ…あの電話してるときジャンも…‥」
…シてたの?
「‥そりゃ、あんな声耳元で聴いたら我慢出来ねぇって」
だるそうな表情を浮かべ、枕に背を預けて煙草を咥える少尉に鎮まったはずの怒りが再度ふつふつと蘇ってきた。
「あんたオレのことからかったくせに!!」
「それはそれ、これはこれ」
よくもぬけぬけと…‥。
「‥…あ、そ」
‥よーっく分かった。
「‥?」
突然静かになったオレを不振な目で見つめる相手に、嫌みなほど完璧な笑顔で言ってやった。
「やっぱり一週間お触り禁止ね」